34歳、独身、女、社会からドロップアウトすることにしました。

34歳OLですが、10年勤めた仕事を辞めて、千葉の「田舎フリーランス養成講座」に一ヶ月参加しようと思う。

■なぜ仕事を辞めようと思ったのか?

仕事を辞めようと思ったのは、お恥ずかしながら今に始まったことではなくて。

古本屋になろうとしたり、鍼灸師になろうとしたり、婚活をしたり、
「今の仕事じゃない何か」を常に探していたように思う。

今の仕事に興味が持てない、という漠然とした思いを抱えたまま、中途半端なキモチで、決定打もなく10年を過ごしてしまった。

仕事が出来ないのは、人より努力の量が足りないんだとずっと思っていた。

でも、ある日を境に努力する事をパタっと止めてしまった出来事があった。

私は車の部品を作る会社で検査の仕事をしていて、車の部品の図面を見ながら検査を行っている。

図面には「ベクトル」という記号が図示されていて、「ベクトル」というのは部品の向きなどを表示する記号のようなものなのだけど、部署異動をしてから1年間「苦手だ」と思いつつも、日々「ベクトル」に接していた。

ある日、新入社員が入ってきた時、新人の子への教育と、私への復習として、先輩社員の方に「ベクトル」講義をして貰った。

1年間ベクトルに携わっている私が理解出来なかったことを、新入社員の子は10分で理解してしまった。

この1年間は一体・・努力?でも、新人の子、努力ゼロだよね・・。

この差を埋める為には、どこから勉強をやり直さないといけないのかと思うと、虚しくなった。

10年後に今の仕事を少し出来るようになったとして、44歳。
それで嬉しいのか?胸が塞がれる気持ちになった。

仕事が出来ない→怒られる→なんだかんだ周りが助けてくれる→またミスする→少しは作業早くなる→でもまたミスする→周りに助けて貰う

そんな日々のサイクルを、頭の悪い自分は抜け出す事は来ないと思っていた。

人間関係と給与に不満がなかったこと。そして、圧倒的に自分に自信がなかったので、やってみたいことはあっても、一歩も踏み出すことが出来なかった。

■自信がないまま踏み出そう

10年経って思った(←遅っ!!)

自信なんて、付く日は来ない。

劣等感は、排水溝の汚れのようにこびりついていた。

たまに劣等感を忘れる日もあった。

生きてるだけで幸せを感じる日でも、覗けばそこには劣等感や何もなさがあった。

「何も持ってない」人がいる訳がないのはわかっていても、

自信の無さが「有るもの」さえ見えなくしてしまっていた。

でも、もういいや。もう、いい。

無いままで、発信していこう。

もしかしたらこの自信のなさが、世界の隅っこにいる誰かの希望になる日がくるかもしれないし。

■この先をどう思っているのか?

金谷で一ヶ月間「田舎フリーランス養成講座」を受けること。

一ヶ月以降は何も決まっていない。

仕事も、住む場所も。

そんな生き方をするのは初めてなので何も分かりません。

お金が尽きたら働けば良い。

仕事は派遣でもアルバイトでも構わない。

「そんなに甘くないぞ。君は今の仕事で食べていっているんだよ?」

辞める意志を伝えた時の、上司からのありがたいお言葉の一部。
おっしゃる通り、なのかもしれません。

でも、そうやって、将来を不安に思い過ぎたり、周りと比べたりする事で、人生が複雑になっていってしまうのが悲しい。

「どうにもならないのか」と、突然、不安に襲われるという人は、私以外にもたくさんいると思う。

その漠然とした「不安」という正体に負けて、自分を生きれないのは悲し過ぎるし、間違っていると声を大にして言いたいのだ・・。

これからは、ちっぽけな発信器を付けて。

「不安」の中に入って行こう。
その中にあるものを一度見にいってこよう。

私が知っている中で、一ヶ月先が分からない生き方をしている人が、余りいないのだが、これからはそんな人たちとの出会いが待っているのだ。

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